読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

IKISG

都内在住、IT職フルタイム、1児の母。親に頼れず、夫は多忙のワンオペ育児。巷のメディアに取り上げられるワーキングマザーはスーパーウーマンすぎて身近に感じられない。普通の人でも、親に頼らなくても働くにはどうしたらいいのか考えています。生後5か月の子を認証園に預けて復職し、1歳で認可園に転園。復職から3年ほどの人が書いています。

子どもに関する無責任な想像と責任

子どものこと 日常の生活のこと

子どもについて、無責任な想像をするのは楽しい。

 

たとえば、
「子どもが本好きになったら嬉しいな」などと考える。

自分も本が好きだし、本からいろんなことを知ったし、
嫌なことがあったときも面白い本を読んで現実逃避できた。

子どももたくさん本を読むようになるといい。

これは楽しい想像だ。

 

ずっと先になるだろうけど、私が読んで面白かった本を貸してあげたり
感想を言い合ったりするのはきっと楽しいだろう。

そういえば、子どもが本を読めるようになる前に、
隠しておかなければいけない本もある。(村上龍だとか春樹だとか)

どこに隠せばいいのだろう。

これを考えるのもまだまだ楽しい。

 

でもまあ子どもが字を読めるようになるのだって先のことだし、
本好きになるかもわからないし、と油断している。

 

幸い子どもは絵本に興味を持ってくれ、ただ聞くだけから
身振り手振りを真似し、ワンフレーズを覚えて喋るようになった。

順調に本好きへの道を歩んでいる。

しめしめ。

 

などと喜ぶのはまだ早く、そのうち子どもは自己主張するようになる。

「えほんよんで」

「もっとよんで」

「つぎはこれ」

 

 疲れた日も眠い日も風邪の日もそれは続く。

好きになってくれたことは嬉しい。

自分が望んだことでもある。

でも今日はちょっと勘弁してほしい。

早く自分で読めるようになってくれたらいいのに。

「よんで」に今日はヤダと答えてみたい。

でも好きになるように仕向けておいてそれはひどいのか。どうなのか。

 

子どもとの生活はいつもこんな風だと思う。

無責任に想像し、ちょっと踏み出してみてから気づく。

その想像に追いつくまでの現実。日々の責任。

でもそれもまた楽しい(かもしれない)。

 

広告を非表示にする