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IKISG

都内在住、IT職フルタイム、1児の母。親に頼れず、夫は多忙のワンオペ育児。巷のメディアに取り上げられるワーキングマザーはスーパーウーマンすぎて身近に感じられない。普通の人でも、親に頼らなくても働くにはどうしたらいいのか考えています。生後5か月の子を認証園に預けて復職し、1歳で認可園に転園。復職から3年ほどの人が書いています。

「「めんどうくさい人」の接し方、かわし方」

読書メモ

 タイトルで注目されようとする本が好きではない。

中身も伴っていてタイトルも良ければそれはいいのだけど
大抵はタイトルのインパクトがいちばん強くて、中身は…?という読後感になるから
そういう本は手に取らないようにしていた。

具体的に言うと
「○○なら××しなさい」という命令形とか(健康系に多い気がする)、
「なぜ○○は××なのか」という素朴な疑問形とか(タイトルについての内容はごく一部で肩透かし)、
「困った人への対処法」系の、自分だけは常識人ですと言いたげな本などなど。

その流れからいくと、この本は普段なら手に取らないタイトルだと思う。
ビジネス書のコーナーにあって意外に思い、作者名が「立川」でおやと思って、
表示に勘亭流フォントで書いてある「師匠談志と古典落語が教えてくれた」
の文字に気づいたから手に取った。

立川談志師匠とのエピソードも織り交ぜながら進んでいくこの本、
著者の家族やスマホ、「ドラえもん」の例まで出てきて飽きずに最後まで読める。
落語の定番キャラ「与太郎」や「一八」の解説もあり、意外な活用法ありと
落語世界と現代世界がいい感じに融合していて楽しめた。

 

噺家さんの書くことなら身のない話ではないだろうな、と思って読むことにしたものの、
特に期待はしていなかった。
これを読んだからって日常が快適になるとか、心機一転とか、そんな効果は期待せず。 

確かに「少しだけ嫌なモノや人」を形容するのに、「めんどうくさい」という言葉は非常に便利です。人間、「本当に嫌な人やモノ」は口に出すだけでも憚られるものです。

特に日本人は「言霊のさきわう国」に生まれ育ったせいか、その傾向が強いような気がします。

確かに嫌な人の名前を口に出すのも嫌で、あだ名で呼んだりするなーと小さく納得しながら読む。

ハウツー本のようなタイトルでありながら、「めんどうくさい」という言葉の有用性、なぜこの言葉がこんなに使われるのか、そもそも面倒くささとは何か…という話が展開されていく。 
ちっともハウツー本の気配がない。

文明が進歩すれば、強制的に「めんどうくさいもの」を検索検知し、それを解消しようと動きはじめます、それが「文明の進歩」なのです。

この事は、主体を人間に置き換えてみると、「めんどうくさい人やモノ」が増えてきたというのでなく、かつては「めんどうくさくなかった人やモノ」までも、「めんどうくさい」と思うようになった真面目な人が増えてきたとも言えます。

(略)

つまり、文明は「従前のそれまでのめんどうくささ」を処理はするけど、その進歩につれて「新たなめんどうくささ」をもたらすものとも言えます。

つまり、どうあがいても「めんどうくささ」の呪縛からは逃げられないのです。腹を括るべきなのです。では、この世の中から「めんどうくさい人やモノ」がなくなったらどうなるでしょうか?

 文明が進歩して便利になる=かつては普通だったことが面倒になる、という話。
そして文明がもたらす新たな面倒くささからは逃げられない。なるほど。

めんどうくささに対応することで自分も成長できる、
だからめんどうくささを避けるべきではないと話が展開される。

これをそのまま書かれると「そうは言っても…」と説教臭さに反発したくなっただろうけれど、
こまごまと例を挙げ、考察しながら進んでいくから、すっと入ってくる。

では、いざめんどうくさい人と対峙したときにどうするかというところで
与太郎」「一八」の話になる。

「ガミガミ型」には与太郎対応を

ガミガミ型の上司の感情に合わせてしまってはどうにもなりません。「こんな場面だったら、与太郎ならどうするだろうか」と今の辛い現状を鑑みながらつぶやいてみると、ふと「なんだこれって、落語じゃないか」と思える瞬間が必ずあります。

(略)

「ネチネチ型」には幇間持ちの一八対応を

「めんどうくさい人」に左右されないように、むしろ自分が相手を左右してやるように振る舞うべきなのです。

 

落語と談志師匠、著者の経験談を織り交ぜながら軽妙に進むこの本の、
雰囲気が急に変わるのが最後の章。

「昨日、はじめての給料が入ったんだ。じゃあ買うよ」

その少年はぶっきらぼうに言いました。野球帽をおもむろに取ると、頭には傷がありました。私は胸が詰まり涙がこみ上げてきました。 

意外な展開に、ちょっと泣きたい気持ちにさせられた。
さすが噺家さんは笑わせるのも泣かせるのもうまいのか、と納得しつつ読了。 

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