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IKISG

都内在住、IT職フルタイム、1児の母。親に頼れず、夫は多忙のワンオペ育児。巷のメディアに取り上げられるワーキングマザーはスーパーウーマンすぎて身近に感じられない。普通の人でも、親に頼らなくても働くにはどうしたらいいのか考えています。生後5か月の子を認証園に預けて復職し、1歳で認可園に転園。復職から3年ほどの人が書いています。

半年間の育休を振り返って後悔した4つのこと

もっと育児書を読めばよかった。

駄目な親の例として「育児書ばかり読んでいる親」というのをよく見かけた気がする。
どこで見たかは覚えていないのに、「育児書ばかり読んでいる親」と言われたら
「ダメなんだろうな」と条件反射で思ってしまう。

きっと「親は必ず子どもを愛するものだ」とか
「専業主婦はラクで夫から搾取したお金で豪華ランチを食べている」のような
マスコミに作り上げられたイメージなのかもしれない。

私は育児書をほぼ読まなかった。
唯一読んだのが、子どもが生まれてすぐの頃読んだネントレ本だ。
そのほかは見なかった。育児書も「たまひよ」も情報サイトも。

 

 (唯一読んだのはこの本)

赤ちゃんがすやすやネンネする魔法の習慣 (PHP文庫)

赤ちゃんがすやすやネンネする魔法の習慣 (PHP文庫)

 

 

理論に頼ってはいけないような気がしていた。
でももっと本を読めばよかった。
だって、初めて関わる新生児を、勘や思い込みだけで扱っていいはずがない。

育児書を読むのがだめなのではなくて、育児書に囚われ過ぎることがダメなのだ。
情報自体はいくらあってもよかったと思う。
(ただし産後鬱のようになっているときは見ないほうがいいのかもしれない)

 

もっと子どものことを見ていればよかった。

今になって子どもが小さかった時のことを思い出そうとしても、
本当にびっくりするくらい覚えていない。


毎日あの小さな子と二人きりで、夫は帰りが遅くて、
サークルにも入らず習い事もせず
行き先と言えば近所のスーパーくらいだった生活で
私はいったいあの子とどんな時間を過ごしていたんだろうか?

一緒にいたはずなのに断片的にしか覚えていない。
朝起きてから寝るまで、何をしていたのか分からない。

きっと先のことへの不安で、子どものことをちゃんと見ていなかったんだろうと思う。
ちゃんと復職できるのか。保育園に入れるのか。
この子は元気に育つのか。いつ喋ってくれるのか。

先の不安に負けないで、もっと子どものことを見ていればよかった。
私の心の中には自分の心配ばかりがあったのだと思うと、悲しい。

 

もっといろんなところに出掛ければよかった。

ちいさな子どもを連れ歩いて、病気をもらったら困る。
出先で泣いたり騒いだり吐いたり、おむつから漏らしたりするかもしれない。
誰かに迷惑を掛けるかもしれない。嫌な顔をされるかも。

そんな不安ばかりで、私は殆ど家のそばを離れずに過ごした。
引きこもるのだけはよくないから、毎日スーパーには行くようにしたけれど。

怖れずにもっと外に出ればよかった。
そうしたらもっと楽な気持ちになれたかもしれない。
子どもを連れて行っても迷惑がられない場所は、たぶんいくらでもあった。
(そのあたり都内は恵まれていると思う)

 

もっと自分の将来を信じればよかった。

不安に押しつぶされそうになって、子どもと二人でいることに価値を感じられなくて
私にとっての育休期間は「早く抜け出すべきもの」になっていたと思う。
なんてもったいないことだろう。

自分は子どもと一緒にちゃんと暮らしている、と胸を張れればよかった。

家事がちゃんとできない日があったって、そういう時期だから仕方ないと思えればよかった。

夫も誰も、私を責めたりなんかしなかったのに。

自分のその先を信じることができていれば、
もし信じられなくてもいったん心配ごとを脇に置いておくことができたら、
もっと子どもと二人の暮らしを楽しめたんじゃないだろうか。

あの時の私は本当に頭の固いやっかいな心配性になっていて
「子育てを楽しんでね」という友人からのアドバイスすら素直に聞けなかった。

 

あの時のつらいつらい気持ちから解放されてよかった。

あのつらさは私が作り出していたんだな、と今になれば分かる。

 

あれから何度も何度も思ったけれど
あの頃の私に「心配しなくていい」と言ってあげたい。
できなかったこともすぐにいろいろ元通りになるし、
それ以上に幸せになるよと言ってあげたい。

 

もちろんもう時間が戻ることはないのだけれど
せめて不安で不安で仕方がない新米おかあさんたちが
少しでも楽になりますようにと願う。

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