尊敬というものについて考える
仕事と、それをする人の人格は不可分だと思う。
いいかげんな人や、言い訳する人や、卑怯な人にいい仕事はできない。
けれど、いい仕事をする人の全てが
常に行い正しくいい人である、わけでもない。
人は成長もするし堕落もする。
何がいいたいかというと、今までは
仕事でかかわる人の残念な面を見ると
ああこの人は残念だな…と思って、その人への興味を失っていた。
すごく上からな言い方になってしまうけど、見切っていた、という状態に近い。
尊敬する人のことはもっと良く知りたい。
何を考えてその仕事をやり遂げたのだろうか。
何に喜びを感じるのだろうか。
一方で、残念な仕事をする人には興味がわかない。
何を思っているのかなど聞くまでもなく
楽をしたいか何も考えていないか、そんなところだろうと勝手に思う。
自然、話す機会があっても雑談やその場限りの話になってしまう。
誰に対しても同じように興味を持って相手の話を聞いたら
何か新しい発見があるのかもしれない。
そう思いながら実利に走ってしまう自分は小さい人間だ。
少しでも多く、面白いと感じる人と一緒にいたい。
私が今まで一緒に仕事をした人の中に
部下を育てるのが上手、と目される人が何人かいた。
その人たちは、相手によって態度を変えなかった。
優秀な部下にも問題児にも同じように、自然に付き合っていた。
そういう人を私は尊敬する。
きっと、自分にはできないことができるからだと思う。